東京高等裁判所 昭和37年(う)207号・昭36年(う)2258号 判決
被告人 深谷誠一 外一名
〔抄 録〕
各論旨のうちの各第一点について。
記録に現われている各関係証拠及び証拠物を検討し、これに当審の事実取調の結果を総合すれば、被告人等に対する本件各強盗の訴因は、被告人等が氏名不詳の九州弁の男と共謀の上、銀行帰りの通行人から金員を強取しようと企て、昭和三六年七月一五日午後零時五分頃東京都台東区浅草駒形二丁目六番地先の駒形橋上において、九州弁の男が、その付近にある第一銀行専門支店から預金を払い戻して一人で勤務先に帰る途中の会社事務員腰越美津江(当時二四年)を、同女に道を尋ねる風を装つて呼び止めるや、被告人等が同女の背後に近寄り、三人で同女を取り囲み、被告人深谷が、同女の左側斜め後方から、右手にハンカチーフに包むようにして持つていた玩具のピストルを同女の左脇の辺に突き付け、同女の左肩を叩いて静かにしろと申し向けながら左手で同女の左手首をねじ上げた上、同女が左手に提げて持つていた現金十七万三百十二円外預金通帳等五点在中の大型封筒一個を引つたくつてこれを奪取したものであることが明らかであるところ、本件犯行が行なわれた場所は駒形橋上の西端寄りのアーチの付け根付近の歩道上であつて、本件犯行当時車道上には自動車の往来が相当あつたがアーチが邪魔になつて車道及び反対側の歩道からの見透しが利かず、又その当時本件犯行が行なわれた側の歩道上には通行人がなく、なお付近には人家もないことが明らかであるが、白昼公道上とはいいながら、このように殆んど助けを求める術もないような場所で、屈強の男が三人でか弱い一人の女性を取り囲んだ上、その内の一人がハンカチーフに包むようにして持つていたにせよ玩具のピストルを同女の脇の辺に突き付け、同女の肩を叩いて静かにしろと申し向けながら手首をねじ上げてその手に提げて持つていた大型封筒を引つたくつたことは、たとえ他の二名の者が同女を取り囲んだ以外には、別に同女を畏怖させるに足るような言動に出なかつたとしても、これをもつて、社会通念上相手方の反抗を抑圧するに足る暴行脅迫があつたものと認めるのが相当であり、且つ腰越美津江は、玩具のピストルを突き付けられていることには気付かなかつたが、男三人に取囲まれた上、静かにしろと云われて左手首をねじ上げられたので、何をされるかと心配で、逃げるに逃げられず、抵抗しない方がいいと思つていたことが明らかであつて、同女は被告人の右暴行脅迫により、精神及び身体の自由を完全に制圧されはしないとしても、少なくとも、精神及び身体の自由を著しく制圧され、その反抗を抑圧されたものと認めるのが相当である。果して然らば、被告人等がした右の暴行脅迫は未だ相手方の反抗を抑圧する程度に達していないものとして被告人等に対する本件各強盗の訴因を窃盗罪に認定した被告人に対する各原判決には、いずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があつたものというべく、被告人等に対する各原判決はいずれもこの点において破棄を免れないから、論旨はいずれも理由がある。
(加納 久永 河本)